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自分を見つめ直す18項目。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

今日の香りはグレープフルーツです。


今回の日記は結構長いです。お時間のある時にどうぞ。


先日このブログで「本当は何がやりたいのか、そのためにどうすればいいのかを問われている」と書きまして、「自分を見つめ直そう」と思い立ってネット検索したら
本当の自分を見つめ直すための18個の思考の振り返り

と言うサイトがヒットしまして、早速昨日やってみました。
一つ一つの項目をもっと掘り下げればいろいろ出てくるかもしれないので、追記をするかもしれません。

1. これまでどんな生き方をしてきたか
家族や他人の言う通りに生きてきました。
漫画家になる、と言う幼少期の夢も、母親がちょっと反対しただけで諦めてしまいました。
すでに敷かれたレールを通ったり、その人の考えで、自分でよく考えずに「お母さんがこういうから」とか、そんな気持ちで生きてきました。「俺の言う通りにしていれば間違いないんだ」「四の五の言わずに従え!(わたしはこういう言い方がものすごく嫌いです。父親がそうだったから)」そういう思考でわたしに歩み方を押し付ける人もいました。自分のことは主張するくせして、わたしの言い分には耳を傾けない。そんな人が多かったですね。
そんな人生の歩み方も、夫の元に駆け落ち結婚する、と言う行動でめでたく終わりを迎えたわけですがね。
これからは、自分が「これがいい!」と言う生き方をします。

2. 自分の好きなこと
やっぱりですね。
他にも
ウィンドウショッピング
ブログを書く

情熱を失いかけてもいるし、ずっとやってたらやりたくなくなってくるけど、
TVゲーム
も好きですかね。
絵はやっぱり外せませんね。幼稚園の頃から描いてました。もしかしたら、もっと小さい頃から描いてたかもしれないけど、忘れちゃってます。
ウィンドウショッピングはいろんな品物を見て目の保養になるんですよね〜。
ブログも楽しいので続けられます。心の整理にもなります。

3. 何をしている時が一番幸せ?
雨降ってるときにゆっくり紅茶を飲むとか、
ハーブティーを飲んで音楽聞きながらゆっくりブログ書いている時とか、
夜にゆったり本読んでる時とか、
夫とバカやったり(まあふざけている時)、卑猥な替え歌(ぉ)で盛り上がったり、
描きたいものを描いている時ですかね。
・・・こうしてみると結構ありますね。

4. 人生で嬉しかったことTOP3
これはちょっと難しかったです。
1位 絵がコンクールに入賞して優秀賞をもらった
もしくは夫と駆け落ち結婚できた
2位 自分の絵が正当に評価された
3位 漫画が完成した

小学校6年の時に、「愛鳥週間コンクール」で優秀賞をもらいました。でも残念だったのは、最優秀賞ではなかったことです(涙)それでも、こんなのをもらったのは初めてだったので嬉しかったですね。賞品で置き時計もゲットしました。
駆け落ち結婚は、その後の人生に大きな影響を与えました。作品にも影響してます。もしこれがなかったら、まだ親が敷いたレールの上を歩んでたと思います。それか頭おかしくなってたかもしれません。
わたしの絵はなぜか周り(家族含む)に理解されなくて、「変な絵」と言われたり、笑われたりしてとても悔しい思いをしました。そんな中、才能を認めてくれたのは小学校の担任の先生でした。今も、施設にはわたしの絵を評価してくださる人たちがいらっしゃいます。わたしは彼らに感謝しています。
漫画を完成させたのは今まで一度しかありません。あとはすぐ諦めたりしてました。たとえ幼稚なストーリーやキャラだったりしても、完成させたのはすごいのではないかと今は思います。

5. どんな失敗をしてきたか
失敗しても、「なぜ失敗したか」を考えずに、我慢強く取り組むことなく諦めてしまいました。
そんなことばっかりやっていたせいか、大人になっても「なぜ失敗したか」と考えるのが苦手になってしまいました。

6. どんな挫折をしてきたか
漫画のネタをいくつか思いついたけど、何かわからないこと、つまずくようなことがあるとすぐに投げ出していました。
失敗と同じ感じになるのですが、粘り強く取り組むことが苦手だったように思いますね。

7. どんな時に泣いたか
学校のクラスメイトにおちょくられ、しかも抵抗できずに、抗議するように泣いていました。
わたしは育てられ方もあって、自分の自我が希薄で、思いや意志を伝えることをしない子でした。なので、嫌だったのに「やめて」と言えなくて我慢して、それが限界になったらダムが決壊するように泣くことで自己主張をしていました。普段何にも言わないので、他の子からは多分「何考えてるかわからない子」と思われていたと思います。
そんな風に泣いていたのに、「弱みを見せたら攻撃される」と思ってもいて、本当子供だったなあ・・・

8. どんな時に怒ったか
病院の待合室などで、早くして欲しいのに待たされたり、他の人が時間を守らない時
高校時代、決まりを守らない人に注意したら「うるさい」と言われた時
他の人が決まりや時間を守らない時に怒りやすいみたいです。特に腹が立ったのは、注意してわたしが背を向けた瞬間に「うるさい」と言われたことです。うるさいとはなんだ!!しかも面と向かって言えんのか!!卑怯じゃないか!!・・・と、ずっと思っていました。しかし、この場合でも自分の気持ちを言うことはせず、その場を立ち去ったのでした。
今は、「決まりを守らない人は確かに腹たつけど、放っておけばいい。本当の意味で、その人が悪いのなら、きっと報いが訪れるさ」と思いますよ。

9. どんな悔しい思いをしたか
絵が全く評価されなかった時
わたしの絵よりも、わたしとよく似た絵を描く子の作品が評価された時。
あんなのおかしい、あの子だけずるいと激しく感じてその子のことが許せないと思いました。今何してるか知らないけど、わたしはあの子を超えようと思います。

10. それらにどうやって対処したか
泣いた時も、怒った時も、悔しい時も、自己主張することなく自分の心の中にしまいこんで、本当は外に出したかったのにそうしてしまい、ストレスを抱え込んで病気に近い状態になってしまいました。
なので、あまり対処はできていませんでした。

11. これだけは絶対に譲れないもの

PUNK精神
絵は絶対譲れません。長い間、わたしを築き上げてきたものです。
PUNK精神は・・・わたしの男友達が教えてくれたことです。「誰がなんと言おうと、好きなものを好きと言えること」「反骨精神」「自立すること」を教えてくれました。
家族はわたしの絵の才能を軽く見過ぎていて、勉強させたい一心で「絵なんて描くのやめろ!勉強しろ!!」と言い続けてきました。
だがそんな言葉に屈するかよ!!絵は俺の全てなんだ!!絶対に持ち続けて鍛え続けてやるぜ!見てろよマザーファッカー!!・・・と言うのがわたしのPUNK精神、反骨精神です。・・・こんなこと、久しぶりに書きました。そういえば彼がいた時はこうだったなあ・・・懐かしい。

12. 今まで何を最優先にしてきたか
やっぱりこれは
他人
ですかね。
他人の顔色を伺って、それが最優先事項でした。これからはそういう生き方はやめて、自分優先に生きます。今の私にはそれができる。

13. 周りからどんな人だと思われたいか
自由に生きる人
神絵師
「ああしちゃいけない」「こうでなければいけない」とか、自分に制限かけてましたので。
神絵師って言われたら気分いいだろうなぁと思って(ぉ)でも・・・なんか引っかかるんですよねぇ。神って言い方が・・・それに相当する他の言い方がないからこれを揚げたんだけど、個人的にちょっと言い方が違うんですよねぇ・・・神ってちょっと言い過ぎかなって思うんですよ。
こんなこと書いてるけど、「みんながこんな風に言うから」と思って自分に制限かけたり舞い上がったりするのも危険ですね。「わたしはわたし」こういうスピリッツで生きたいです。

14. 誰といる時が一番楽か
夫。
時々緊張する時はあるけど、あまり仮面をかぶることなくて楽だなーって思います。

15. その自分はどんな自分か
エッチで楽しい自分。
いや、始終エロいわけじゃもちろんありませんが、さっきエロい替え歌で盛り上がるって書いてるし。面白いギャグやわたしが知らない古い世代の歌とかも知ってるので楽しいんですよね。

16. これまでどんなことをやり遂げたか
これは難しいですね。
漫画を1つ完成させた
人生のいろんな波を克服していった
駆け落ち結婚を成功させた

くらいですかね。前述した男友達が、「君はかっこよくてすごいんだよ」って褒めてくれました。当のわたしは自己評価が低いのでピンときませんが・・・でも、立派にやり遂げてきたからそう言われたのだろうなと思います。

17. これまでどんな目標や夢を抱いたか?
漫画家
看護婦
人形師(伝統工芸じゃなくて今はやりのスーパードルフィーとかの)
縫製の仕事
・・・に、なれたらいいなあと思っていましたが、今残っている夢は漫画家だけです。
やっぱ漫画家になれたらいいです。

18. それは叶えられたか?
残念ながら叶えられてないです。
漫画家にだけはなりたいのでこの夢だけは捨てずに大切にします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上、18個全部やってみました。
やっててわからないところや、スラスラ出てくるところもあってなかなか楽しい一時だったように思います。
やってみたばかりで、本当の自分、というのはいまいちよくわかりませんでしたが、これからどうすればいいか、というのはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ分かったような気がします。
あの時失敗したこと、挫折してしまったことを、大人になった今取り戻そうかなという気持ちです。
一番思ったのが「これからは主体性を持って人生を歩もう」と言う気持ちですね。親のレールを通っても、親が責任とってくれるわけじゃありませんからね。わたしの親は、そういうこと考えてるんじゃないんですよ。後先のこと全く考えてないです。
一番やりたいのはやっぱり絵です。そして、人生を楽しむこと。自由に生きること。
今まで絵以外のことは周りにやらされてました。だから勉強も運動もわたしはまだ嫌いです。なので、楽しむことも二の次にしてきたような気がします。これからはもっと楽しく人生を生きようと思います。

絵と自分を大切に。愛を持って。

それでは、またお会いしましょう。

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テーマ : 人生を豊かに生きる
ジャンル : 心と身体

おどり納めと同時に何かも納まったかもしれない。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

9/2に「めっちゃ超爆発!!!」な出来事がありました。

同日、また郡上八幡へ行っておどり納めに行ってきました。
32夜続くおどりも、だいたいこの9月の初めで終わりを告げます。
おどりが終わると、提灯行列と言って提灯を持った参加者(提灯を持つのはお金が要ります@@;700円だそうです)がやぐらと一緒にまっすぐ旧庁舎記念館までゆっくり歩きます。

さて。

実はこの日、わたしは精神状態が良くありませんでした。
いつも夫がレンタカーで名古屋から郡上まで運転してくれるけど、到着した瞬間ちょっとしたことで夫に反発してしまったおかげで何度も叫んでパニックになってしまったんですよね@@;
・・・いやべつに夫がひどいこと言ったとかそういうことじゃないんですが。わたしにコミュニケーション力がないので本当にちょっとしたことで感情的に言い訳とかしちゃうのでこじれちゃうんですよね・・・。
ちなみにパニックになると夫はよしよししてくれます。

わたしのような人間は、ストレスをどうやって受け流したり解消したりしたら良いかとか、どうすれば感情のコントロールがうまくできるのかとか、そういうことがなかなか難しいです。だからパニックで叫ぶなどするしかないという。
普段は周りにいる人と何ら変りないのに、ストレスが過度にかかるともうダメですよ。他人に「この人急におかしくなった!!」と思われて驚かれます。
それでも最近は4年前よりもマシになりました。あの時はもっと酷かったですね。そりゃもう何時間もうなったり叫んだりジタバタ暴れたり・・・。それだけストレスや感情のコントロールが下手くそだったってことですね。

まだおどりまで時間があったのでフラフラ観光していましたが、そこからちょっとおかしくなって精神が悪い方に興奮し始めたんです(@@;)
「わたしは頭がおかしい」「こんな自分が大嫌いだ」とか「みんな馬鹿野郎だ」とか言ってたような気がします。
郡上に寄るとご飯を食べによく行く「おおのや」で食事した時に、お酒も飲んだのですがかなり酔ってしまい「眠そうやね?踊れるかい?」と店長のおじさんに言われたというね@@;

(というか、実は16日の徹夜おどりでも興奮して、あらかじめ飲んでおいた抗うつ薬が全然効かなくてしょっちゅうパニック起こしてましたが・・・。)

おどりの時もやっぱりそうで、いや・・・おどりの時の方が酷かったですね。おどり納めなのでかなり人が多くてあちこち手や足がぶつかるしぶつけられるし、いつも基本的に三重ぐらいの輪で踊るんだけどなぜか前列の中でわたしの前の人だけが後ろに出っ張ってて(つまりわたしにめっちゃ近い)踊りにくかったことこの上なしで・・・。
前回の徹夜おどりの日記でも書いたけど、ここに来てる人はそんなことはあまり気にしない。「まあべつに当たってもいいかな〜」程度だと思う。
けどわたしは大勢の人がいる場所はいろんな人が目について仕方ないし狭い場所はどうやって他人と距離とったらいいかもわからないし、そんな場所にいたら人に酔ってどっと疲れてしまう方なので、かなり興奮していたし・・・

他の人が気になって気になって、嫌で嫌で仕方がないので何度も夫の側でかなりデカイ声で叫んでしまいました。何人か振り返ってこっち見てた。

だが、この時わたしは心の隅っこでこんなことを思っていた。

「こっち見た!!よっしゃ!!!」

・・・と。

そうやって叫べば他の人がこっちを見てくれると。今まで注目されなかった分、「こっちチェックしてくれ!!!Hey!!!!!!」とアピールしたくなる。そういう自分がこの時いました。
良い年して甘えてる。かまってちゃん。確かにその通りです。それによって「こいつうざい」と思う人がいるのもその通りです。
もう我慢できませんでしたし、したくありませんでした。なぜなら、「心が叫びたがっていた」から。話題のアニメじゃないけど!・・・人の目なんか知ったこっちゃあるか!!ヤッチマエ!ヤッチマエ!そんなつまらねぇことを気にしていたら、もう
自分は一生ここ止まりだ
そう思っていました。

心が叫びたがってるんだ。
(ラップなんてよく知らないけど。)

子供の頃はなりふり構わずやりたいことやって騒いで、大人に怒られてもめげない。
・・・そんなことはできませんでした。いつもいつも大人を気にして、顔色伺って。怒られるとストレス抱えて萎縮して言いたいことも言えない。逆らえない。言うこと聞くしかない。だからまともな反抗期を過ごすことすらありませんでした。反旗を翻そうとしても激烈に威圧されて不発に終わる。大人の要求する「いい子」を演じていました。
もう 終わりにしたかったんです。そんなクソつまらねぇ人生を。

ガキの頃はしたくてもできなかったんだ!!!それも自分で自制してたんじゃない!!自制させられてたんだ!!!

自制させられてた
生まれてから37年間したくてもできなかったストレスは半端ではありませんでした。

何度も叫んだけど、おどりを止めたくありませんでした。やめて休憩なんかしたら、周りで休憩している人が迷惑して余計ややこしいことになりそうだったから。興奮してる時は体を動かす方がいいんです。じっとしてるとますますおかしくなるんです。うつだった時に、それやってたんで自分の体で立証済みです。

だけど、何曲かおどったらもう休みたくなっちゃって夫と休憩の場所で休んだんですが・・・そこでも抱っこされて何度も何度も盛大に叫びまくるというね@@;;

夫の抱っこ

何人か見てたみたいです。・・・実は小さい女子も・・・心配するように見てたそうです。
通常だったら「公衆の面前でそんなみっともないことやめなさい!!!」と言われるはずですが、夫は結婚してから4年間これまでわたしのカウンセリングと分析をしてくれてたので「大丈夫」と言って撫でてくれました。コントロールできない、しないんですよね・・・他の人にコントロールしてもらいたいと甘えているので。

恥をかなぐり捨ててヤり通しました。(ぉぉぉ)

深呼吸しながらやっと落ち着いてコロッケ買って食べてたらもう時間がおどり終了の30分前でした。

(ちなみに・・・おどりの時間帯は屋台がずっと出てますがおどり会場に面した飲食店も開いているところがあります。屋台のように出ているお店もあります。特に美味しいのが明宝フランクフルトと飛騨牛コロッケです。丸一という精肉店のがオススメ!!あとは他のお店だと鮎の塩焼きかな〜)

そのあとは興奮せず踊れましたね。後半だけでもまともに踊れて良かったな・・・(涙)

おどりというイベントだったからこそできた、
「叫んでアピールすることによる超爆発」というやりたいことをやれた、そんな感じがあります。

(ところですごい人がいるのを見ちゃったんだけどね。
人がいすぎてパニック起こしてた時にわたしの後ろの女性が、狭いにも関わらず自分しかそこにいないかのようにゆったりと踊りたいように踊ってる姿を見た。まるで自分を誇示せずかつ他人にもおもねらず仏のように踊ってた。しかもめっちゃ綺麗な踊りだった。あんなに狭かったら気を遣う人が多いのに!どうしたらあんな風に踊れるんだ?!?!驚いて何度もガン見してしまった。お姉さんジロジロ見てごめんね。)

駆け落ち同然で名古屋にやってきた時、
自分が言いたいこと、自分がやりたいこと、それらはすぐに問題なくまたためらいなくやれるものだと思ってました。
だけど振り返ってみれば、それらが出来るようになり始めたのはつい最近のことでした。
現実でも、このブログでも、どうしても言いたいこと、やりたいことが今まであったのに全然できてなかった。ずっと人の目を気にしていた。そんなことをしたら怖いことが起こる。ずっとそう思っていました。
37年間ずっと「お前はやりたいことも言いたいこともするな」と、家族にかけられて、また自分にかけた呪縛がこんなにひどいものだとは思いませんでした。ですがやっと打ち破れました。・・・きっと!!(ぉ)

ふぇにっくすやあー!!
絶望に打ちひしがれ瀕死に追い込まれても!!不死鳥のごとく蘇るまさにふぇにっくすやぁ〜〜〜〜〜!!!!!!

実は以前の日記で「自分が嫌でしょうがない」という内容を書いたのですがその「自分が嫌いや!!」と思っていたのも、そうやって自分を抑え込む自分自身の殻をブチ破りたかったからだと今は思えます。

それと。
9/9にも実は愛知県名古屋市にある円頓寺で郡上おどりが開催されました。その名も「えんじょい祭」です!もっちろん夫もわたしも参戦しました!!!
ここでなんとなんと、嬉しい出来事が。

最前列で踊っていたらカメラマンさんがわたしを撮ってくれたんです!!!

名古屋は郡上と違って夏は暑さに加えてジメジメ感があるので数曲踊るともうヘトヘトになってしまいました。それからは休み休み〜。

今年は郡上おどりでまた一段と変われる年になったと思います。参加日数はめちゃんこ少なかったのに!今回の変化が今までで一番デカかったのではないかな。・・・多分!!(ぉ)

やっててよかった郡上おどり!!!
ありがとう!!おめでとう!!!


ところで。
今回かなり絵をふんだんに入れた(つもり〜)です。自分でも描いてる途中で思ったんだけどコレもういろいろ大爆発しちゃってるんじゃねえのってなぜか思った。今も実は興奮が冷めやらぬ状態でこの数枚の絵を見ていると今までの「家族や大人と自分に対するクソッタレ感が超爆発」している感じがします。クソッタレ感をキャンバスにぶっ叩きまくりました。
本当は全文章漫画にしようと思ったけど、ちょっとめんどくさかったんで(ぉぉぉ)やめました。

それでは、またお会いしましょう。

テーマ : ありのままの自分になるために。
ジャンル : 心と身体

四年前のこの日・・・7月26日。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

今年こそ、絶対に絶対に書こうと思っていたこと。
やっぱ長いっすわ。

実は、今日はわたしにとって記念すべき日なんです。
四年前(2013年)のこの日、
わたしは今の夫との結婚を家族に猛烈反対されたために、
駆け落ち同然で単身生まれ育った大分を飛び出して夫のいる名古屋にやってきた日だったんです。


家族からしてみれば、わたしと夫とは32歳歳の差だし、バツ2でしかも一度彼はガンをやってたので、子供とか再発とかそう言った不安もあるし、何よりわたしの親と同じくらいの歳の男とそんな・・・結婚なんて絶対に許さない!!!!!というムードだったので、とりあえず
平謝りした翌日、荷物まとめて黙って出て行きました。(あっさり。)

◇なんでこういうことになったかというと。
彼との出会いはインターネットです。
きっかけは、
当時19歳で、栄養士の短大に入ったはいいけど馴染めずに、勉学に励むことすらできず1年目の期末考査で積もり積もったストレスが爆発しパニックを起こしてもうついていくことができずに中退したんです。
というか、栄養士の短大に行くことを決めたのも、中退したのも、全部親の勧めだったんですけどね・・・。
栄養士なんてホントにわたしに合ってるの?と思って質問したら「合ってるわよ。あんたは舌が肥えてるから」ですって。ハッハッハ。・・・納得いきませんでしたね。
だけど、それだけわたしは自分がなかったって事で。もう進路なんて全然分からないし決めることができませんでした。それだけ自分のやりたい事って分かりませんでした。自分がどうすればいいのかも決められませんでした。
ですので
「他ならぬお前のことだろ!テメェの人生なんだからテメェで決めろや!!!」
と・・・天から雷食らわせられた、そんな出来事だったのだなと思います。

そんなことがあって、短大の先生の勧めで心療内科で診てもらって「統合失調症の境界型」という診断を受け(その時薬も処方されましたが、それからもうずっと薬を飲んでます。副作用キッツイ)めちゃくちゃにストレス抱えてもうどうしようもなくて右も左も分からない時にネット検索(だったかな・・・もうよく覚えてない)で彼のHPを知って、それから交流が始まりました。

彼の人生相談HPリンクを載せます。
てらさんのホームページ
彼・・・「てらさん」は、「マーフィーの成功法則」という法則に基づいての人生相談をしています。
この法則は「良いことを思えば、良いことが起こる。悪いことを考えれば、悪いことが起こる。」という法則です。
すみませんが私ではうまいこと説明できませんので上記のHPをご覧ください。
夫はその法則による人生相談の色々な活動をずっと前はしていたのですが、ガンや前の奥さんとの離婚があって活動を停止していました。でも近頃は「なんとかして復活させたいなあ〜」って言ってます。
あと、書籍では「マーフィーの成功法則」というとたくさんあるけど、夫は「ジョセフ・マーフィーが書いて大島準一が訳したものしか信用してはいけない」と言っています。

メール交換から始まりましたが、ものすごく衝突しました。それでも夫は「じゃあもういいよバカヤロォー!」と言うどころか「大丈夫」と言い続けてくれたので、あの時は本当に救われたと思ってます。(今もなんですがね!!)

そうやってメール交換していき、実際に会ったり旅行したりして、とっても楽しかったですね。
いろんな話をいつも聞いてもらっていて、彼はわたしにいろんなアドバイスを教えてくれました。なので、まるで「教師と生徒」の関係そっくりでしたね〜。そう思っていたのが原因なのか、不思議と恋愛感情を持つことはありませんでした。
だけど、親と同じくらいの年の、しかも男性(当時彼は既婚者でした)とそんな会ったり旅行したりなんて、両親には言えるわけがありませんでしたので、ずうっと隠してました。なぜなら、一度バラしてしまえば「もう会うな!!!!!!」となり、危うくいうことを聞いてしまいかねなかったからです。
いやもう・・・家出てった時は33歳だったけど、生まれてから33歳までもう家族に親にべったりぃ〜で何でも言うこと聞きまくりぃ〜の絶対服従でしたから。虐待はなかったけど、それでもキツイレベル。
絶対服従だったにしても、家族はわたしに対してベッタベタに甘やかしてた割には一方でバババーーン!!!と突き放し酷いことを言い放つ面もあり、心の底でめちゃくちゃ納得がいかず「いやだ!!」と思った末に家族に耐え難いストレスを抱えていたことは確かで、それが「彼との関係を隠す」ということだったのですが。
強いられていたのもあったけど、でも全部わたしが受け入れてしまったことでもあるので。必死に抵抗すれば脱出はもっと早い時期から可能だったでしょうが、そんなことを今言っても仕方ないっすよね〜。

ですので、
いきなり「結婚したい相手がいる」なんて話しちゃったもんだから「ええええええぇえええ?!?!?結婚!??!そんな相手がいるなんて初めて聞いたぞ!!!!!!!」とめちゃくちゃに驚かれまして・・・えぇ。まあしょうがないね。
でも途中までは「まあそいつの話くらい聞いてやる。こっちに来るように連絡しろ」というムードだったけど、わたしが
「彼はわたしより32歳年上でバツ2でガンをやりました。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の超エキスパート戦士です」

・・・すいません後半は心の中で言ってました(ぉ)
と話したら家族全員びっくりぽん。

父「家出してでもいくんか」

わたし「いきます」

父「お前が思っちょるような男だと良いがのう・・・」
と、難しい顔。兄は
兄「さ・・・32歳年上!?!?えええ〜〜〜〜!!!!?!?
・・・まあ・・・良いけど・・・」
と、意外な反応。

・・・え?母ですか?
・・・めっちゃ反発かつ戸惑ってましたね。

だけどまだその時はよかったんです。
実はわたしの家族は父、母、姉、兄といまして。父母兄はわたしと大分に一つ屋根の下に住んでました。今もそうだと思います。姉はかなり遠くて東京に近い場所で結婚して住んでます。
で、その姉に兄が連絡して、やっぱりびっくりぽんな状態になった姉。
後、夫はブログやホームページを運営してるので、そこのURLも教えて家族と姉とで閲覧したらさあ大変!!!

姉が「こんな男は信用できない!!!!アンタの体が目当てなのよ!!!アンタ騙されて売り飛ばされるのよ!!!!こんなヤツに絶対についていったらダメよ!!!!!!」

と、ものすごい感情的な「超やめろ」コール。

夫のブログもバシシッとURL貼っちゃいますね。
てらさんの 新しい世界
http://blog.livedoor.jp/terasan64/
結構オープンに何もかも書いてます。マーフィーの成功法則の話も。

その同調圧力に屈した父もついに
「やっぱりこんな結婚は許さない!!!32歳年上?!しかもバツ2でガン!??!よく考えてみたらお前の親の俺と同じくらい歳離れてんじゃねえーーーーか!!!!欠陥人間なんじゃないのか?!!もういい!!!来ないでいいって伝えろ!!話なんて聞かん!!!!」・・・と。

あの・・・百戦錬磨の超エキスパート戦士っていう部分は評価してくださらないのでしょうか(ぉぉぉ)

ところで、一度決めたことを簡単にひっくり返すのはうちの家族は日常茶飯事なんですよね。わたしも同じに育っちゃったので、一度決めたことは完遂する夫がそれを見て怒ったことがあります。

「そんなこと言われても絶っっっっ対行くもん!!!!」
・・・と、意地はるのもカコワルイと思ったので「あ、こりゃもうだめだわ」と判断。
まあ・・・家族も複雑で「う、うちの子が豹変した!!!」とひどいショックを受けるのも無理ありませんね。

だけど、そこはやっぱ家族に「折れる(フリ)」と言う姿勢が必要なわけで。
「みんなを困らせようと思ってやった。まさかそこまでギャアギャアになるとは思わなかった。すみませんでした」
と、謝ったと思います。・・・というかもう何をしゃべったか全然覚えてなひ(ぉ)
お兄さんはなぜかわたしではなく、母のことを責めていた。
「もうこの男に連絡するのやめよ!!」と母。
そうしてそのあと、時間が経って一人でテレビを見ていた母のそばへ行って肩を揉みながらもう一回
「わたしはお母さんが愛してくれているってわかってるから」と謝ったけど、何だか自然と涙が出てきちゃったんですよね・・・。半分演技だったけど。(ぉぉぉ)
その言葉を聞いて母は「あんたが一番大切なんだからね」と、わたしの手を撫でさすり・・・その感覚が、今まで感じたことのない嫌悪感でして。以前はどんなに触られても嫌な感じがなかったのに、この時はものすごーーーく嫌な感触な気がして、すぐにでもその手を振り払いたい気分でしたがずっと我慢してました。・・・バレたら困るもんね(ぉぉぉ)

それでもう黙って家出ちゃったんですよね。

◇行動原理?。
そんな絶対服従を受け入れてしまったわたしがなぜ「バカヤロォー!!!もうこんなクソ家捨ててやるゴラアーー!!!!」という行動に出れたのか・・・。

ずっと相談相手だったし、いろんなことを教えてくれる先生としか見ていなかった男性に、そして彼も生徒としてしか見ていなかったわたしが四年前のこの日の一週間前。旅行先で突然プロポーズされて「えっ・・・本気ですか!?

(でも・・・もう結婚しちゃうしかねえんじゃね!?)」

と言葉とは裏腹になぜか心で思っていたからです。
ですが、わたしは「考えさせてください」。さらに夫はこう言いました。
恋愛は誤解と錯覚、結婚は妥協で墓場だからね。その覚悟ができたら、OKしてね」
この時わたしは、その言葉を確かに聞いたけど深い意味は考えませんでしたので・・・「そんなことを言われたとしても、もう結婚するしかないのでは」という気持ちでいっぱいでした。

もう不思議な力が働いたとしか言いようがありませんで・・・。

それでも家に帰った後迷っていましたが。
大分に帰還して、父親の顔を見たときに「ああ、もう以前の生活には戻れない。わたしはもうここにはいられない」と直感したのに。
それが吹っ切れたのは、何度かカードで占ったり本をパラパラ読み漁った後でした。

今思えば、まるであの時が来るまで、ずっと嫌なことが続いても耐え忍んで待っていたようだと。そしてついにそのチャンスが到来したのだと。

と言葉とは裏腹になぜか心で思っていたからです。

それにあのままあそこにいたら、わたしは自分の人生を歩むことができずに家族に押しつぶされながら一生苦しんでいたでしょう。
もう、自分を差し出して誰かのくいものにされる人生は、終わりにしたかった。家族から遠く離れて、自由になりたかったし、いい加減クソ家族へのべったりからとっとと卒業してもう
絶対に、絶対に自立したかったんです。

◇駆け落ち途中の心情。
たった一言です。「怖い」。
駆け落ち決行前夜、家族に見つからんように荷物を揃えるときも怖かったし
家を出る前もバレないかと怖かったし
家の敷地内(結構広いんです)を出るときに他人に見られたのも怖かったし
駅に向かうためにすぐ近くにあったタクシー会社でタクシーに乗ったけど、後から親が追いかけてこないか怖かったし
さらに渋滞で追いつかれたら一巻の終わりと思うのも怖かったし
駅で乗るはずの特急(大分から博多までの列車です。特急ソニックって言います)が10分遅れなのも怖かったし
特急に乗ってもう大丈夫と思ったのもつかの間、もしかしたら家族が乗り込んでるんじゃと思ってしまって怖かったし
博多に着いてさらに名古屋行きの新幹線乗って大丈夫と(ry)怖かったし
無事名古屋に着いて良かったと思ったものの、数時間待てども待てども来ない。・・・そういえば昨日、「電話すると親に知れちゃうから電話してこないで(もうありあまる恐怖で正常な判断ができなかった)」とメールで連絡したっけ・・・。と気がついてやっと夫に電話したけど、なかなかつながらないのも怖かったし
やっとつながったと思ったら、ななななんと夫はその日郡上八幡で踊りの日だったので、「ごめん、待っても待っても連絡がこなかったもんだから・・・親に監禁されているのかと・・・。僕今郡上に向かってるんだ。悪いけど高速バスですぐに来て!」と言われてさらに追い討ちをかけるようにわたしがいないことに気づいた家族が怒涛のごとく着信とショートメールとGPS検索してくるのが最高に怖かったし
バスに乗っている間もめっちゃ着信来て夫に相談したら「もう電話の電源切って」と言われたので切ったけど、夫のメールを見て安心できないからやっぱ怖かったし
無事郡上八幡に着いたけどあたりはすっかり真っ暗で夫を待っている間変な奴がやってきて襲われないかと思って怖かったし・・・。

でも、夫とようやく会えた時は嬉しくて安心して、二人でギューっと抱っこしちゃいましたよ!

◇しかし苦しい自立への道。
だけど、駆け落ちした後も大変な思いをたくさんしました。
二人の生活、考え方、環境の違い、お互いがわたしのアスペルガーの特性、症状による無理解や無知、などで頻繁にすれ違ったり、これまで培ってきた自信が打ち砕かれたり、怒られたり、わたしが計らずも夫を怪我させてしまったりで「せっかく自立したいと思って家捨ててまでここにきたのに、どうしてここでもこんな嫌な思いしなきゃいけないんだ!」とストレス抱えたりもしましたが、「問題は早いうちに解決しなければ。わたしは絶対に打破する!!」とものすごくきつい思いをしてまでも夫にぶつかっていきました。
夫も
「何があっても絶対にサポートする。でも衝突は仕方ない。それでも俺は嫌いにならない!」

わたしだって嫌いになんてなりたくないですよ。

ずいぶんめちゃくちゃに早く成長の階段を駆け上がることを続けていたため、その翌年の2月は精神状態が悪くなって家事なんてできなくなったり。
だけど旅行をエンジョイしたり、いろいろ買い物をしたり、食事中などにお互いが卑猥な替え歌を作ったりエロい言葉を連発しあって爆笑しまくるとか、たくさん楽しいことがあったし、それは今も続いてます。

・・・ていうか。

一番楽しいのは〜
食事中などにお互いが卑猥な替え歌を作ったりエロい言葉を連発しあって爆笑しまくることですゲヘヘ♪(ぉ)

◇そして、今に至る。
実は今年の2月まで本当に精神が安定していなくて、作品もまともに作れなかったし、それから少し落ち着いて創作意欲もかなりでました。それでも今月まで精神が揺らいでいたけど、今はめちゃくちゃ安定してます。
あんなにズーーーーーーーッと辛かったのが全くの嘘みたいです。乗り越えてよかった!!!!!
めっちゃ心が軽いし、創作活動のアイディアもドバーと出てくるし!!まさにこれぞリアル充実!!!!

今は、どうしようもなく納得がいかずストレス溜めて依存しつつも憎悪していた家族に対しても、「ああ、あの人たちはあの人たちで、いろいろ辛いことがあったんや。きっとわたしにもいろんな気持ちがあったんやろうなあ」って思えます。・・・・・・・・・・・ちょっとだけ。まだそんなに成長は完璧ではありません。

これからはもう自分の心に服を着せるのをやめて、自分のやりたいこと、言いたいことができたり言えたりできると思います。
なので、ブログでの書き方(喋り方??)も、最近変わってきているんです。もう自分の書きたいように書きます。
今までずっと「いい子の自分、擦れない自分」でいようとして装っていました。そうしないと親とみんなに嫌われる。捨てられるから。
でもこれからは、嫌われてもいい。捨てられても大丈夫。そう思えます。

これからもいろんな辛いことがあるかもしれませんが、全部いいことに変えていけますし、それだけ伸び代があるってことで。
父が言ってたんです。
「凶や大凶ってな、実はいいおみくじなんや。大吉は一番いいおみくじやけど、その上のくじってないやろ?けど、この二つのおみくじはまだ上があるやんか?伸びしろがあるってことなんや。」
・・・と。
やはり親は偉大ですな。

今まで散々家族にはクソやろおおおおとか思ってたけど、今は彼らには感謝したい。

貴方方は本当によくやった!!育ててくれてありがとう!!お幸せに!!!

これからわたしは「わたしの人生」を往きます。

◇さて。
実はこの記事、何度も書き直したんだよぉ・・・いや、もう短くまとめようとしたらなぜか長くなっちゃうんだもん。おっかしいな〜、あれ違う、これ違うわ〜なんて思いつつ。
でも、ちゃんとこうしてUPできたからよかったわ。出来上がるのに長い時間かかるだろうなと踏んでいたけどやっぱり予想通りだった。ヘッヘッヘ。

偶然iPodからメロディコアパンクバンドの「SHACHI」の「メリーイエロー」が流れたので、紹介します。



メロディコアパンクとは、曲に乗せて元気の出る歌詞を歌い聴く人を元気づけたい。という曲です。人生について、人生に詰まった時、落ち込んだ時、悲しい時・・・。そんな時に聞くと元気をもらえる。そういう曲であります。「SHACHI」以外にもいろんなバンドがあって、「175R(イナゴライダー)」など。わたしは「175R」が一番好きです。

皆さんの幸せをお祈りします。  合掌

テーマ : 幸せについて
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37年越しの和解

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

2017/04/21(昨日ですね)に、父と和解する夢を朝方に見ました

あなたが何かを許せないとき

(過去絵です。タイトル『あなたが何かを許せないとき』)

一般的に言えば『不思議な夢』でした。
ですがわたしには、『神が見せてくれた奇跡』でした。

話の流れはこんな感じです。

夢の舞台は大分の建て替える前の古い家(まあ実家です)でした。
ちなみに、わたしの家族は大分に住んでいるのですが、そこの家は今から約10年前に建て替えて、もうすっかり新しいお家になっています。
登場人物は父とわたし、そして・・・
わたしの家族ではない、いるはずのない人間
がちらほらいました。(もしかしたら、写真でしか見たことがないご先祖様だったかも・・・、そういえば、いるはずのない人はみんな着物の喪服だったような・・・)が、母と姉兄は登場しませんでした。

(他の夢でも、家族にまつわる夢に出てくるのは建て替える前の家なんです。この建て替え前の家がもうめちゃくちゃボロい家でして、でっかいクモやムカデが出てくるわでっかい・・・じ・・・ジィーが出てくるわ、室内の土壁を触るとボロボロ汚いゴミが出てくるわという汚い様相でして。正直トラウマです。嫌な思い出しかありません(涙)でも、わたしを可愛がってくれた父方の祖父が建ててくれた家だったので、あまり文句は言えなかったのですが)

この夢では、わたしは未来から過去に来た人間として出てきました。そして父に
「お父さんとお母さんを助けるのは、10年後(いつなのかは分からないです。それにこの『過去』がいつなのかも分からないです)になるけど、もうちょっと待っててほしい」
と言って父の膝に頭を乗せて泣きました。すると父はわたしを両手で優しく撫でながら
「お前は優れているから」
と言ってくれました。そのあとも何か言っていたけどよく覚えていないです。
そこで夢が終わって目が覚めた瞬間、大声で泣きました。(;;)

わたしの泣き声を聞いてそばに来た夫にそれを話したら「よかったね。お父さんと和解できたんだね」。

・・・今まで父には残念すぎる嫌な印象しか持っていませんでしたし、確執も多くありました。
こんなところで書いたらみなさんが不快になるような、わたしから見ても非常に全く納得がいかなくて残念すぎる、父がわたしにした仕打ちも数え切れないほどありました。
そしてそれが限界を迎えて、当時33歳だった時に今の夫との結婚を大反対されたのをきっかけに、生まれてから33年間暮らした、残念すぎる思いをしたことが多かった家を出ました。
でも!!それでも、残念すぎる形の愛だったとはいえ、わたしを愛して大切に思って育ててくれていたことには変わりはありませんでした。

あなたが何かを許せたとき

(過去絵です。タイトル『あなたが何かを許せたとき』)

父にも娘のわたしが計り知れない苦労や事情があったのだと思います。戦時中大変な思いもしたらしいですから。
だから父もわたしも悪くないのだと。
もう起こってしまったことは仕方がないことだから、これから前向きに生きていこう、もっと強くなろうと思います。

この夢を見ることができて本当に良かったと思った37歳の春でした。神様ありがとうございます。
父の幸せを祈ります。その幸せに、感謝致します。

それでは、またお会いしましょう。

テーマ : こんなことがありました
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強さへの渇望

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

ああ〜描きたいものいっぱいあるけどコツコツやっててなかなか数がこなせないわ〜おまけに時間が〜〜〜
まず落ち着こう。

さて・・・
今回は最近自分に対して思っていることを書きたいと思います。
しばしば自分のことを少しだけポロっとさらけ出している記事が最近ありますが、今回はかなりバーンと行きます。人によってはただの愚痴だし痛い記事かもしれませんので、折り返したいと思います。

30代はこれからの人生に惑って自分を嫌いでしょうがなくなる時期だと思います。夫もこの時期はそうで苦しんだと言っています。
そして今、わたしがその真っ只中です。

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