収穫と2017/1/17今日の出来事
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
今日はキツくて寝てばかりでした。が、収穫がありました。
収穫は二つ、
1.絵が描けなくなってしまったのはマンネリ化が原因??
2.自分を客観視する
です。
まず何があったかというと
絵を描く以外のことをすればよかったのですがそれすらもままならない1日でした。まあしょうがないね。やる気がないととことんないよね@@;
しょうがないので掃除機かけたり散歩したり。
午前はそれでよかったのですが、午後がね・・何もできませんでした。4時まで寝てました(ぉ)
でも、先日の日記にあった通り、適量のお湯と温度でコーヒーを飲むと少し持ち直しました。やっぱり効果ありますね。
紅茶も飲むときがあるのですが、これを紅茶にも適用すれば同じような効果があるかもしれませんね。
あと、いつも午後の3時くらいに飲みますが時間をずらして飲むのもいいかも・・・

(タイトル「オリキャラ男子三人」)
それも収穫の一つなのですが、前述したもっといい収穫がありました。
夫と今日の晩御飯で会話していて気づいたことなのですが。
絵が描けなくなってしまったのは、どうも同じ絵ばかり取り掛かりすぎてマンネリ化している可能性があるということに気づきました。
わたしは小さい頃から「同じことを毎日やってしまう」癖があるので、今回絵が描けなくなってしまったこともただ単に「同じ絵に取り掛かりすぎてちょっと描くの飽きた@@;」ということのだけかもしれません。
よく絵を描く人ってこういう行動しますよね^^*
「絵を描くのに飽きたら他の絵を描いて息抜き」
これわたしにも大いにあることでして、息抜きに他の絵を描くと結構楽しいんですよね。
芸術は自由です。
「今この絵を描いているんだから他の絵に取り組んじゃいかん」「今ここ描いてるから他の場所描いちゃいかん」とか、「〜じゃなきゃだめだ」とか、そういうことは無いわけで。
わたしの場合ガッチガチに「〜するべき」とか「〜じゃなきゃだめ」という考えがまず基本にあって、知らないうちに自分や芸術を鋳型にはめ込んでしまっているわけです。
なので、
違う絵を描くとか、
同じ絵でも違う箇所を描くとか、
違う場所で描くとか、
違う画材(ソフト)で描くとか、
違う場所行くとか、
違うことやるとか、(他にも何か言ってたんだけど忘れちゃった@@;)
そういったことで脱出できるわけですね。

(タイトル「富嶽三十六景 山下白雨 の模写」)
また、「自分を客観的に見る」ということも大事だそうです。
「絵が描けなくて苦しんでいる自分を幽体離脱をしているかのように客観的に見る。そうすると、『あっ、今自分はこうなんだ』と思えて逆にしんどかったり面倒くさかったりを感じている自分を楽しめるようになる」・・・とか言ってたかな。
「いいよいいよ、そういう自分もいてもいいよ。大丈夫大丈夫」みたいに。
今書いている途中で気づいたけど「ドラマを見るように自分を見る」んですね。ドラマって、真剣なシーンなのに、なんか笑えてくることってありませんか?そういうシリアスな中にコミカル要素があるドラマってありませんか?
あと現実でも、人が真剣に痛がったり怒ったりしているのに、なぜか笑いがこみ上げてくることってありませんか?まあシチュエーションにもよると思いますけど・・・
もっと言えば、漫才などで真剣に演技していればしているほど面白くなることもありますよね。あれって、演技している人が笑っているとあまり面白くないんですよ。
例えば「こけ芸バナナ式」とか・・・(笑い)あれって内村さんが真剣になってバナナの皮の上で滑りまくっているだけのことですが、内村さんが真剣になってるおかげで周りの人みんな笑ってるんですよね。
そうやって客観視を身につければ、だいぶ苦しいのも楽になりますよね。また、楽観視できますよね。
・・・ですがわたしはまだ修行が足りませんので・・・その「楽しむ」という段階にいくのがまだ要領を得ないんですよね・・でも、これに気がつけたのだったらきっと早いですねーなんて思ったり。
・・・と、いうことに今日は気づきました。いやあ・・・今日は寝てばかりだったので全然書くことないよどうしようって思ってたけど収穫があって本当に良かったです!(ぉ)
記事を書くにおいて、参考にしたURLをはりますね。
もえたつ
http://moetatsu.com/notfun
絵を描く情熱を失った時に、必ず読んでほしいベストアンサー
http://oekakigakusyuu.blog97.fc2.com/blog-entry-626.html
さて・・・今日はこれで終わりたいと思います。
それでは、またお会いしましょう。
今日はキツくて寝てばかりでした。が、収穫がありました。
収穫は二つ、
1.絵が描けなくなってしまったのはマンネリ化が原因??
2.自分を客観視する
です。
まず何があったかというと
絵を描く以外のことをすればよかったのですがそれすらもままならない1日でした。まあしょうがないね。やる気がないととことんないよね@@;
しょうがないので掃除機かけたり散歩したり。
午前はそれでよかったのですが、午後がね・・何もできませんでした。4時まで寝てました(ぉ)
でも、先日の日記にあった通り、適量のお湯と温度でコーヒーを飲むと少し持ち直しました。やっぱり効果ありますね。
紅茶も飲むときがあるのですが、これを紅茶にも適用すれば同じような効果があるかもしれませんね。
あと、いつも午後の3時くらいに飲みますが時間をずらして飲むのもいいかも・・・

(タイトル「オリキャラ男子三人」)
それも収穫の一つなのですが、前述したもっといい収穫がありました。
夫と今日の晩御飯で会話していて気づいたことなのですが。
絵が描けなくなってしまったのは、どうも同じ絵ばかり取り掛かりすぎてマンネリ化している可能性があるということに気づきました。
わたしは小さい頃から「同じことを毎日やってしまう」癖があるので、今回絵が描けなくなってしまったこともただ単に「同じ絵に取り掛かりすぎてちょっと描くの飽きた@@;」ということのだけかもしれません。
よく絵を描く人ってこういう行動しますよね^^*
「絵を描くのに飽きたら他の絵を描いて息抜き」
これわたしにも大いにあることでして、息抜きに他の絵を描くと結構楽しいんですよね。
芸術は自由です。
「今この絵を描いているんだから他の絵に取り組んじゃいかん」「今ここ描いてるから他の場所描いちゃいかん」とか、「〜じゃなきゃだめだ」とか、そういうことは無いわけで。
わたしの場合ガッチガチに「〜するべき」とか「〜じゃなきゃだめ」という考えがまず基本にあって、知らないうちに自分や芸術を鋳型にはめ込んでしまっているわけです。
なので、
違う絵を描くとか、
同じ絵でも違う箇所を描くとか、
違う場所で描くとか、
違う画材(ソフト)で描くとか、
違う場所行くとか、
違うことやるとか、(他にも何か言ってたんだけど忘れちゃった@@;)
そういったことで脱出できるわけですね。

(タイトル「富嶽三十六景 山下白雨 の模写」)
また、「自分を客観的に見る」ということも大事だそうです。
「絵が描けなくて苦しんでいる自分を幽体離脱をしているかのように客観的に見る。そうすると、『あっ、今自分はこうなんだ』と思えて逆にしんどかったり面倒くさかったりを感じている自分を楽しめるようになる」・・・とか言ってたかな。
「いいよいいよ、そういう自分もいてもいいよ。大丈夫大丈夫」みたいに。
今書いている途中で気づいたけど「ドラマを見るように自分を見る」んですね。ドラマって、真剣なシーンなのに、なんか笑えてくることってありませんか?そういうシリアスな中にコミカル要素があるドラマってありませんか?
あと現実でも、人が真剣に痛がったり怒ったりしているのに、なぜか笑いがこみ上げてくることってありませんか?まあシチュエーションにもよると思いますけど・・・
もっと言えば、漫才などで真剣に演技していればしているほど面白くなることもありますよね。あれって、演技している人が笑っているとあまり面白くないんですよ。
例えば「こけ芸バナナ式」とか・・・(笑い)あれって内村さんが真剣になってバナナの皮の上で滑りまくっているだけのことですが、内村さんが真剣になってるおかげで周りの人みんな笑ってるんですよね。
そうやって客観視を身につければ、だいぶ苦しいのも楽になりますよね。また、楽観視できますよね。
・・・ですがわたしはまだ修行が足りませんので・・・その「楽しむ」という段階にいくのがまだ要領を得ないんですよね・・でも、これに気がつけたのだったらきっと早いですねーなんて思ったり。
・・・と、いうことに今日は気づきました。いやあ・・・今日は寝てばかりだったので全然書くことないよどうしようって思ってたけど収穫があって本当に良かったです!(ぉ)
記事を書くにおいて、参考にしたURLをはりますね。
もえたつ
http://moetatsu.com/notfun
絵を描く情熱を失った時に、必ず読んでほしいベストアンサー
http://oekakigakusyuu.blog97.fc2.com/blog-entry-626.html
さて・・・今日はこれで終わりたいと思います。
それでは、またお会いしましょう。
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